結論
相続税の申告は、自分でもできます。国税庁の手引きは丁寧で、e-Taxでも提出できます。ただし実務で見ていると、つまずく場所はほぼ決まっています。土地の評価/家族名義の預金/特例の要件/添付書類/遺産分割協議書の5つです。このうち前の3つは、間違えると納める税額そのものが変わります。財産が預貯金だけなら自分で十分。土地がある時点で、一度は専門家に見せたほうが安全です。
つまずき① 土地の評価
もっとも差が出るのがここです。土地の相続税評価は、市街地なら路線価方式(路線価×地積)で計算します。ここまでは誰でもできます。問題は、実際の土地がきれいな四角形で道路に面していることは少ない、という点です。
評価額を動かす補正には、たとえば次のようなものがあります。
- 奥行価格補正 ― 奥行が極端に長い/短い土地は評価が下がる
- 間口狭小・奥行長大補正 ― 道路に接する幅が狭い土地は下がる
- 不整形地補正 ― 三角形や旗竿地など、整形でない土地は下がる
- 無道路地・私道 ― 道路に接していない土地、私道部分の扱い
- 貸家建付地・貸宅地 ― 他人に貸している土地・建物がある土地は下がる
- 都市計画道路予定地、がけ地、容積率の異なる2以上の地域にわたる宅地
路線価に地積を掛けただけの評価は、多く払いすぎていることがよくあります。逆に、下げられると思って根拠のない補正をかければ過少申告になります。どちらも起きるのがこの論点の厄介さです。
郊外や農地・山林では倍率方式(固定資産税評価額×倍率)になり、こちらは比較的単純です。ご自身の土地がどちらなのかは、国税庁の路線価図・評価倍率表で確認できます。
つまずき② 家族名義の預金の判断
親が子や孫の名義で貯めていた預金、配偶者名義に移していたお金。これらは名義ではなく実質的に誰の財産かで判断します。お金の出どころが亡くなった方で、通帳や印鑑を管理していたのも亡くなった方なら、相続財産に含めて申告します。
自分で申告される方が見落としやすいのは、この判断以前にそもそも家族の口座を集計の対象にしていないことです。税務調査でもっとも指摘が多いのが預金なので、ここは避けて通れません。詳しくは名義預金の記事をご覧ください。
あわせて、亡くなる直前の大きな出金(入院費、リフォーム、家族への送金)も、使途を説明できるよう整理しておく必要があります。
つまずき③ 特例の要件
小規模宅地等の特例は「自宅の土地は80パーセント下がる」と覚えられていますが、要件は細かいです。
| 区分 | 限度面積 | 減額割合 |
|---|---|---|
| 特定居住用宅地等(自宅) | 330㎡ | 80% |
| 特定事業用宅地等(店舗・工場など) | 400㎡ | 80% |
| 貸付事業用宅地等(アパート・駐車場など) | 200㎡ | 50% |
つまずくのは、この表の外側です。
- 誰が相続するかで使えるかどうかが変わります。配偶者は無条件、同居していた親族は住み続けることが要件、別居の親族(いわゆる家なき子)は持ち家がないことなどの厳しい要件があります
- 居住用と貸付用を併用する場合は、限度面積の調整計算が必要です(単純に330㎡+200㎡にはなりません)
- 二世帯住宅、老人ホームに入居していた場合、店舗兼住宅など、判断が分かれる形が多いです
配偶者の税額軽減(1億6,000万円または法定相続分まで非課税)も同じで、申告書に記載して提出することが要件です。どちらも、使えるつもりで計算して要件を外していた、というのが最も痛い間違いになります。
ご注意
相続人が兄弟姉妹や孫の場合、相続税額が2割加算されます(配偶者と一親等の血族以外が対象。孫を養子にしている場合も加算対象です)。また法定相続人の数の数え方は、相続放棄があっても放棄がなかったものとして数えます。基礎控除と保険の非課税枠に直結するので、相続人の構成が単純でない場合は要注意です。
つまずき④ 添付書類
税額の計算が合っていても、書類が足りなければ特例が使えません。相続税の申告で必要になる書類は、ざっと次のようなものです。
- 相続人の確認 ― 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本一式、相続人全員の戸籍・印鑑証明書。法務局の法定相続情報一覧図の写しを使えば戸籍の束の代わりになります
- 分け方の確認 ― 遺言書または遺産分割協議書の写し
- 不動産 ― 登記事項証明書、固定資産評価証明書、公図・地積測量図、賃貸借契約書
- 預貯金 ― 残高証明書、既経過利息計算書、過去数年分の取引履歴
- 保険・退職金 ― 支払通知書
- 債務・葬式費用 ― 請求書、領収書
- 特例を使う場合 ― 小規模宅地等の特例の明細書、住民票、(家なき子なら)持ち家がないことを示す書類
集めるだけで数十点、取り寄せに数週間かかるものもあります。10か月の期限のうち、かなりの部分がこの作業に消えます。
つまずき⑤ 遺産分割協議書の書き方
税額には直接ひびきませんが、後でやり直しになるのがここです。
- 財産の特定が不十分(「自宅」ではなく登記どおりの所在・地番・地積で書く、口座は金融機関・支店・口座番号まで書く)
- 後から見つかった財産の扱いを決めていない(「本協議書に記載のない財産は〇〇が取得する」などの条項を入れておく)
- 相続人全員の署名・実印・印鑑証明が揃っていない
- 代償分割(一方が多く取り、他方に金銭を渡す)の記載が曖昧で、贈与と見られかねない
金融機関や法務局で受け付けてもらえず作り直し、というのは珍しくありません。
自分でやってよい場合と、頼んだほうがよい場合
| こういう相続なら | 判断 |
|---|---|
| 財産は預貯金と上場株式だけ。相続人は配偶者と子 | 自分でもできます |
| 自宅の土地がある。形が整っていて、特例の要件も明らか | 自分でもできますが、一度は確認を |
| 土地が複数ある/形が整っていない/貸している | 税理士へ |
| 非上場株式がある | 税理士へ |
| 家族名義の口座に大きな出入りがある | 税理士へ |
| 相続人が兄弟姉妹・代襲相続・養子を含む | 税理士へ(2割加算と相続人の数の判定) |
| 期限まで3か月を切っている | 税理士へ(間に合わせる段取りが要ります) |
判断の軸は、税額が動く余地がどれだけあるかです。預貯金は誰が計算しても同じ金額になりますが、土地と非上場株式は評価する人によって金額が変わります。変わる余地が大きいほど、専門家を入れる価値があります。
間違っていたと後で気づいたら
- 納め足りなかった場合 ― 修正申告をします。税務署の指摘前なら加算税はかかりません(延滞税はかかります)。指摘後は過少申告加算税(原則10〜15パーセント)が加わります
- 納めすぎていた場合 ― 申告期限から5年以内なら、更正の請求で還付を受けられます。土地の評価が過大だったケースがここに当たります
「自分で出したけれど、土地の評価に自信がない」という段階でのご相談も受けています。払いすぎていれば還付を請求できますし、足りなければ指摘される前に直せます。
まとめ
- 相続税の申告は自分でもできます。つまずくのは土地の評価/家族名義の預金/特例の要件/添付書類/遺産分割協議書の5か所
- このうち税額そのものが変わるのは前の3つ。書類と協議書は手間の問題です
- 土地と非上場株式は、評価する人によって金額が変わります。ここが大きいほど専門家を入れる価値があります
- 出した後でも直せます。納めすぎは5年以内なら更正の請求、足りなければ指摘前の修正申告
ご自身がどちら側かの目安として、まず30秒でできる申告要否チェックで申告義務があるかを確認してください。そのうえで、土地の評価や特例の要件で迷う点があれば、メールでの無料相談からお気軽にお尋ねください。「自分でやるべきか、頼むべきか」の判断だけでもお答えします。
この記事を書いた人
澤田 大志(税理士・近畿税理士会枚方支部 登録番号149197)。大阪府枚方市の澤田大志税理士事務所代表。オンライン専門の事務所として法人・個人あわせて年間300件超の申告を担当。相続税申告は、税務署出身(国税OB)の税理士とともに2名体制でお受けしています。相続税申告のご案内はこちら。
※ 記事の内容は公開日時点の法令に基づく一般的な解説です。個別の事情によって結論が変わることがありますので、実際の判断はご相談のうえで行ってください。